地域の紹介

子どもの居場所づくり


 騰波ノ江地区は下妻市の北東部に位置し,西半分の「上郷(うわごう)」と東半分の「下郷(したごう)」と呼ばれる地域からなっています。「上郷」は東を流れる小貝川の河岸段丘の上にあり,梨づくりが盛んな地域です。また,「下郷」はその段丘の下にあって,豊かな水田地帯が広がっています。現在,その中央を十年ほど前に開通した国道294号線が南北に通り,道沿いにある「道の駅」は大変にぎわっています。地元でとれた取りたての野菜はとても好評です。

 「下郷」にあたる低地は,昔は騰波ノ江の名前の元ともなった「鳥羽の淡海(とばのおおみ)」と呼ばれる沼地が広がっていました。また,騰波ノ江の西側の地域は大宝沼と呼ばれた大きな沼が明治時代末期まで残っていました。

 詳しくは「騰波ノ江の盛衰と大宝沼干拓」のページへ
下妻市の紹介


  【 位置・地勢 等 】 

 交通は、JR取手駅と下館駅を結ぶ関東鉄道常総線が市の中心を南北に走っており、バスも、JRバス・関東鉄道バス・東武鉄道バス・茨城急行バスが運行され,近隣市町村との連絡を果たしています。                   

 道路は,国道125号線が東西に, 国道294号線が南北に走り,その他主要地方道が放射状にのびて県西部の自動車交通の要所となっています。              

 人口は,現在3万7000人余りで近年増加現象にあり,産業は市域の60%を農地が占め,従来から農業を中心として発展してきましたが,昭和47年の藤花・大木工業団地・ その後、つくば下妻工業団地造成を契機に,第二次・第三次産業の構成比率が高くなっています。 農業では、水稲をはじめ養豚・梨栽培等が盛んです。

 工業は、食品・繊維・金属・音響機器が中心で,商業は,小規模小売店中心から郊外型中・大規模小売店中心へと変貌しつつあります。            

(参考資料:市制施行40周年記念誌及びゼンリン社発行住宅地図)


  【 歴 史 】

 鎌倉時代には,下妻庄と呼ばれ,地頭は下野(現在の栃木県)の小山氏の一族で下妻氏と称した。 江戸時代は,井上氏の城下町として栄え,明治に至り真壁郡下妻町となり,茨城県下妻支庁,さらに地方裁判所・警察署・県立中学校等がおかれ,水戸・ 土浦とともに県下を3分し,県西地方の政治・経済・文化の中心地として発展した。                                 

 昭和29年6月1日に,全国でも類をみない3郡(結城郡・真壁郡・筑波郡)に渡る1町6カ村が合併し,茨城県内10番目の市として市制を施行した。   

              (参考資料:NTT発行茨城県西部版電話帳及び下妻市史)

  平成18年1月1日に千代川村との合併により、新「下妻市」として新たにスタートいたしました。
新市は、東京から60km圏内、茨城県西のほぼ真ん中に位置し、総面積80.88km2、比較的平坦な地形で市内を挟むように自然豊かな鬼怒川・小貝川が流れ、市内中央部には茨城百景の一つ、または太公望のメッカでもある砂沼があり、広大な田園風景にそびえ立つ紫峰「筑波山」の景観は魅力の一つでもあります
       (参考資料 下妻市ホームページ)